木下泰之は2023年1月より
「駒ケ根市民と県政をつなぎ、信州の未来を創る会」も主宰し、活動しています。会発足にあたり、木下の県政に対する政策の道筋・理念をまとめましたので、お読みください。
具体的政策は活動をするなかで、さらに豊富にしていきたいと思います。ご意見をお寄せください。
ご意見やお問い合わせはykinos3@gmail.com まで
JICA・山岳リゾート・ものづくり・農林業のまち
旧統一教会問題を放置せず、
政策方針
1SDGs(持続可能な開発目標)と“エコロジカル・ニューディール”
私は大学卒業後、国会議員秘書を10年、東京世田谷で環境派議員として5期20年活動しました。誇りに思うのは“エコロジカル・ニューディ―ル”をいち早く提唱し、環境政策を通じた成長を一貫して主張し活動してきたことです。これはノーベル賞受賞をしたオランダの経済学者ヤン・ティンバーゲンが1970年代に提唱した考え方で、その要点は経済セクターをクリーンセクターとダーティーセクターに分け、選択的投資としてクリーンセクターに投資を差し向け、ダーティーセクターを抑え込むということです。
ゼロ成長ではなく、環境への投資によって成長を促すのです。オバマ大統領が唱えたグリーン・ニューディ―ルも同じ考えで、SDGs(持続可能な開発目標)はこの考え方が基礎になっています。今や日本政府もどの自治体もSDGsを政策指針にせざるを得なくなっています。
私は議員活動とともに市民運動に取り組んできましたが、常にこの考え方に沿って代替案を常に提示し、環境訴訟に参加し多くの成果を得ることができました。長野県政を目指すにあたっても、この考え方は揺るぎません。
2信濃の国は・・・
長野県・信州信濃の民は峻厳な自然の中で様々な努力と工夫を積み重ねながら、多様な農法や土木技術を開発し、匠の技を鍛え上げ、里山を育て、豊穣の地を作り出してきました。近代においては、養蚕業に実績を上げ、また精密機械工業を発展させてきた歴史を持っています。
停滞する現代日本を立て直すためには、農業を立て直すことによって自給率を上げ、先端技術で再び世界をリードできるような産業を育成し、化石燃料に代わる自然エネルギー利用の開発を大胆に進めなければなりません。これをSDGs(持続可能な開発目標)に沿った形で実現させる必要があります。この困難な課題を解決する能力を信州と信州人は持ち合わせていると私は信じています。
3SDGsの理念 “だれひとり取り残さない” を実践すること
SDGsの理念は「だれひとり取り残さない」です。なによりも大事なことは、未来をになう子供たちが、健やかに育つ環境を確保することです。子どもは私たちの宝です。人口減少を食い止めるには子育ての環境を経済的にも社会が保証することです。
報道で話題になっている明石市の手厚い子育て政策は人口増を目指すにはどのような施策が必要であるかを実例で示しています。政府も遅ればせながら「異次元の子育て支援」を言い出しました。駒ヶ根市が令和3年から取り組んでいる「子育て応援事業」を先進事業としてさらに発展させるため、県にも積極支援を求めて行きます。
子どもが健やかに育つためには、「子どもの人権」を政治と社会が守ることが不可欠です。これは旧統一教会二世信者問題で明らかになった教訓でもあります。不登校率が全国トップクラスという不名誉な問題の解消が必要です。子供たちに救済の手を率先して差し伸べる県政を求めていきます。
4地方を豊かにするには、東京への一極集中を改めさせること
政府も「地方創成」を提唱し、SDGsを唱えています。しかしながら、先の東京オリンピックを振り返ってみれば、福島復興五輪はどこへいったのやら、7000億円のコンパクト五輪とされていたにも関わらず、支出は4兆円にも膨らみ、汚職を伴いながら東京一極集中をさらに加速させ、地方に振り向けられる財源は細まってしまっています。
長野県は、他県と協力して東京一極集中のひずみを改めさせるよう国に働きかけていくべきです。それなくして地方の発展、教育や福祉の充実はあり得ません。
5観光・インバウンドは平和あってこそ。KOMAGANEは貢献する。
ウクライナへのロシアの軍事侵攻をきっかけに、政府は極東の軍事緊張が高まったとして、旧来の政府自身の憲法解釈を国会での審議もなく変更し、「敵基地攻撃能力」が必要と主張し、防衛予算の倍増と、5年間で43兆円にもなる軍事予算の計上を決めてしまいました。かつて戦争が「自衛の戦争」でなかったことはありませんし、軍拡が軍拡をよぶ歴史の常を忘れてはなりません。この危険な政府の対応に反対します。非戦をマニフェストした憲法(駒ヶ根が生んだ憲法学者芦部信喜氏が晩年に到達した考え方です)を持つ我が国の平和戦略は粘り強い外交の力によらなければなりません。
戦後日本の経済発展は専守防衛の原則とODA(政府開発援助)を主軸とした外交によって支えられてきました。これを担った機構がJICA(国際協力機構)であり、人的に担ったのがJICAの青年海外協力隊でした。わが駒ヶ根市にはその訓練施設があり、JOCA(青年海外協力協会)の本部もあるのです。コロナ後の全国・世界からの信州への観光とインバウンドが期待されていますが、観光には民間交流・外交の橋渡し役という大きな意味があります。
駒ヶ根市は「アジア版ダボス会議」(仮称)を提唱し、外務省の協力を得て「駒ヶ根フォーラム」を開催し、「駒ヶ根大使村プロジェクト」も始まっています。世界に(とりわけアジア・アフリカ・南米に)開かれた駒ヶ根市について県政レベルでの理解を深め、市民の中に広がっている国際交流の輪を信州全体・国全体のものとし、平和を支える力としていくため、県政に一層の協力を働きかけて行きます。
6自営農民が培った知恵を都市との交流で生かす農業・林業を
厳しい自然環境の中で技を磨いてきた自営農民は深い知恵を蓄積してきました。兼業化が進み、都市との交流が進んだ現代の農業の担い手は、DXやスマート農業を使いこなす力を持っています。ただしDXやスマート農業は導入しさえすればうまく行くというものではありません。大事なことは地域ごとの特性に合わせた農業経営の選択肢を多様にし、県政はこれをしっかりと支援していくべきです。
農家民宿や体験型の観光農業は、都市と農村を結び付け、都市住民が土を耕すことを学ぶ格好の機会になります。森林・里山の保全はより重要です。食料自給の重要性はもちろん、農業林業による水資源・森林資源の確保は「国土強靭化」の要です。このことは農林業の確保に予算を投入することへの理解にもつながって行きます。東京での生活が長かった私には、都市住民の考え方も田舎の考え方もなじみ深いものであり、都市と農村を結び付けるのが自分の使命だろうと考えています。
7KOMAGANEを“信濃シリコンバレー”の中心地に
時計工業がいち早く発達し日本のスイスとも言われた諏訪を源流とする天竜川流域の伊那谷には、ものづくりを手掛ける事業所が数多く存在し、高度なイノベーションを生み出していくポテンシャルがあります。風光明媚で快適な住環境や医療を提供できるこの地域は、知識集約型産業の立地に最適です。
研究所や教育機関を誘致することができれば、外からの知的なエネルギーを呼び込むとともに、この地域からの頭脳流出を防ぎ、流出した働き手を取り戻すという好循環を形成することができます。また、JICA・JOCAの事業を通じた外国人労働者の人権擁護の活動はすでに広く認識されており、労働の国際化を進めるにあたってはこうした取り組みがさらに求められるでしょう。
長野県が日本の「シリコンバレー」を担うとしたら、国際都市駒ヶ根はまさにその中核となる条件を備えていると考えます。
8山岳リゾートKOMAGANEをより魅力的にするために
駒ヶ根市は山岳リゾートとして広く知られています。高速道路ほぼ直結で駒ヶ根高原にアクセスでき、バス・ロープウェイを使えば2600メートルまで一時間ほどで到達できる利便性により年間の観光客数は、およそ100万人にもなります。
しかし利便性ゆえに日帰りであったり、立ち寄りであったりが多く、滞在も一箔というのが多いのです。この利便性はひとえに中央アルプスの急峻さによるもので、その造山運動の妙にまで立ち入ってその理由を解き明かせば、人々はこの自然の奥深さにより引き込まれていきます。
中央アルプス、天竜川、伊那山脈、南アルプスの成り立ちや地層地学、岩石や生息する動植物、さらには山岳信仰・文化、里山の歴史文化を解説する山岳総合博物館が欲しいところです。山岳リゾート駒ヶ根を魅力的にする試みは駒ヶ根市がすでに着手していますが、私としてもいくつか提案したいと思います。
駒ヶ根絶景100景の選定。ポタリング(自転車散歩)推奨と安全に楽しめる環境の整備。トレイルランニング大会の定期開催と経路の整備。ボルダリング(スポーツクライミング)施設づくりと安全登山教室の開催。観光登山ガイドの育成と職業としての確立。千畳敷での山岳スキーの魅力の宣伝と安全性の確保。アクティビティー産業の育成。ものづくりの街とリンクしたアウトドアグッズ産業の誘致・育成や展示・販売場の展開等。
9竜東地区に観光スポットを
駒ヶ根市を訪れるひとの滞在時間を延ばすためには竜東地域の観光開発が有効であると考えます。
中沢・東伊那地区は天竜川東側から中央アルプス全山を見渡すことができる絶景の地です。春になれば、桜が雪山に映え、たくさんの寺院や城跡が点在しています。また江戸時代末期から明治初期にかけては放浪俳人井月が闊歩した地域でもあります。
伊那山脈の陣馬型山、高烏谷、戸倉山には中ア南アを望む絶景眺望のスポットがあり、家族連れのハイキングに最適です。中沢峠を超えれば分杭峠の中央構造線「ゼロ磁場」に近いですし、折草峠を超えれば四徳温泉のキャンプ場です。竜東地域の観光開発は駒ヶ根市域全体に山岳・里山リゾートとしての広がりを持たせることができ、宮田村・飯島町・中川村と合わせた4市町村との協調した観光資源開発はこれを拡張させることができます。
リニア残土による圃場整備と合わせ計画されている新河岸の「道の駅」予定地は中央アルプスを望む絶景の地でもあります。地域の農産物の販売やコンビニ店の併設などは是非とも必要ですが、最近需要が高まっている車中泊に適した施設等、新しい要素を取り入れて整備し、中沢・東伊那の地域案内や歴史案内の展示や交流広場やミーティングルームを併せ持たせれば、この地域の観光拠点・交流拠点とさせることもできます。近くの宿泊施設やキャンプ施設の拠点として、発展形としてはグランピング施設等の誘致も期待できます。
10災害対策はいつでも待ったなしの最優先課題
中央構造線、糸魚川静岡構造線といった巨大断層がはしり、活火山もある信州は、地震や噴火の脅威と伊那谷での三六災害に象徴されるように、水害や土砂崩れの危険にさらされています。事前予知と危機回避の方策を充実するとともに、森林涵養、里山保全を含めた総合的な施策を構築する必要があります。新河岸地区へのリニア残土による圃場整備も安全を第一進めなければなりません。災害対策全般につき、地元の要望に耳を傾け、県政に反映させて行きたいと考えています。
11交通弱者のための交通手段の開発
駒ケ根市に限らず、長野県は既に高度な車社会に移行していますが、高齢者をはじめとする交通弱者の対策は脆弱です。例えば、学校の統廃合問題や不登校児童対策にも、交通の便の悪さは、問題解決の障害となって立ちはだかっています。交通弱者対策とその方策は自治体任せではなくて、県全域の新しい施策の確立や補助を必要としています。駒ヶ根市・市民と連携しながら県に必要な施策を求めてゆく必要があります。
12旧統一教会問題の解明を求めます
暴力団=反社勢力と政治家との癒着は許されません。発覚すれば政治家生命は絶たれ、行政はその実態を解明し排除する措置を取る義務を負います。
「信教の自由」といえども犯罪行為は許されません。婚姻の自由や子供の自己決定権を踏みにじる行為も犯罪です。カルト二世問題解決は子どもの人権問題でもあり、子どもの人権擁護は政府や自治体が実施するべき大きな課題です。
安倍元総理銃殺という忌むべき事件につき、政府も詳細な実態解明を避けているのが現状です。
県下においても旧統一教会と国会議員・県議を含む複数の議員や首長との癒着問題が報道されています。県政・県議会での癒着の実態を解明し、これを断ち切ることは、人権擁護を基本とした正常な政治と社会を取り戻す第一歩です。

プロフィール
木下泰之きのしたやすゆき
1954年生まれ。埼玉県大里郡寄居町で育つ。本籍は出生時から駒ヶ根市中沢。
医師である父の昭和伊南病院への転任に伴い帰郷。伊那北高校卒。早稲田大学第一文学部哲学科卒。
早大在学時よりエコロジカル・ニューディ―ルの考えに共鳴し、環境問題に取り組んだ。
1983年中村哲参議院議員(元法政大学総長)の公設第一秘書に就任。1995年より2015年まで5期20年、東京都世田谷区で区議会議員を務める。国会議員政策秘書ライセンス所持。
都市と環境をめぐる様々な市民運動に参加。「小田急線高架訴訟」で事務局を任され、2005年の最高裁「小田急訴訟大法廷判決」では都市計画事業認可訴訟につき、地権者のみにしか与えられていなかった原告適格(裁判する権利)を、環境影響を受ける市民に拡大する判例変更を勝ち取った。
2022年、中沢の実家(屋号大西)に帰郷。妻、娘二人の4人家族。
高校時代は山岳部。歌を愛し、ときにステージに立つ。芥川也寸志氏創設の世田谷区民合唱団にも参加。
曾祖父木下実太郎は旧中沢村村議会発足時の村議、祖父一雄は村議、郡会議員、助役を経て戦前に村長を2期務めた。父嘉夫は内科医として昭和伊南病院、前沢病院で延べ34年地域医療に従事した。
応援メッセージ
これからの地域が過疎化や高齢化を乗り越えてゆくには、これまで長年に亘って地域発展を担ってきた人たちの意思も、若者や女性、外国人等の新しく地域の発展に関わろうとする人たちの視点も、どちらも内包して、ダイナミックに発展する社会でなくてはならないと考えます。
世田谷区議として長年、環境と開発に関わり、多様性を大事にしてバランスの取れた解決へ導いた木下泰之さんの経験と実績は、県政の場でも間違いなく活かされることと信じています。
駒ヶ根市 木下佳信さん




